その言葉に責任を持てるのか?

昨日、大関貴景勝が「左足関節靱帯損傷のため約3週間の加療を要する見込み」という診断書を提出して休場した。大関としての責任を強く感じさせる力士だったので、休場するのは意外だった。

親方が強く言って休ませたのかと思ったら、自分から「もう相撲を取れない」と言ってきたのだという。もしかして、奥さんの存在が大きかったのかもしれない。

奥さんの有希奈さんは亡き元大関北天佑の娘さんで、力士の生き方を幼い頃から見ている人だ。怪我を押して土俵に上がろうとする貴景勝を、今後の力士生活のためだと、止めてくれたのかもしれない。

真相は本人たちが語らない限り謎のままだけど、気になったのは、今日、東京中日スポーツが公開した、相撲解説者の北の富士勝昭さんのコラムだ。

軽快な筆致でいつも愉しみにしているのだけど、今回の文中の「もうだまされません。何日目かの北勝富士戦で足首を痛めていたと発表しているが、こんなこと誰が信じようか。こんな言い訳は横綱大関が休場のときの常とう手段である」に首をひねった。

もちろん、北の富士さんの相撲愛と洒落が含まれた言葉なのだろうけど、もし、本当に貴景勝が怪我をしていたら、この言葉はなんと残酷で、名誉を傷つけることだろう。

書いた本人の北の富士さんはともかく、この原稿を良しとして公開した編集者の判断基準が気になる。北の富士さんと同じノリで通したのなら、その言葉に責任を持てるのか? 問いただしてみたくなった。

あと、電話取材に応じた常盤山親方のコメントから感じたのだけど、結婚によって師匠との距離が出来てしまっていないか、気になってしまう。余計な心配なのだろうけど……