帽子のつばの裏に書いてある
夕餉の支度を終え、軽く一杯やりに駅前の角打ちへ。サッポロの小瓶で喉を潤していると、70歳代後半くらいに見える、細身の老紳士が入ってきた。「焼酎を(コップに)半分」という渋めの注文を聞いて、飲み慣れているのかななんて思ったけど、店主が水割り用の水はカウンター後ろのオレンジ色のポットに入っていることを説明していたので、常連客ではないらしい。
そのあとは、小鉢のキュウリの塩昆布合えをアテに、美味そうにやられていたので、さほど気にせずにいたのだけど、なんのためらいもなくプリッと放屁されたのでギョッとした。ご老人でもあるし、もしかしたらお漏らしでも、なんて心配して尻のあたりをチラ見したけど、大丈夫そうだった。
が、そのあとの行動が不可思議というか、半径50センチ内をアッチへふらふら、コッチへふらふらし始め、チラシを読んでいるかと思ったら、壁のカレンダーを10月分まで何度も念入りにめくってみたり、見ていて心配になってきた。
そして、チラと見えた、彼が被っている帽子のつばの裏には、住所と電話番号が太いマジックペンで書いてあり、「連絡してください」と添えてある。えっ、もしかして徘徊老人!? そんなんに酒を飲まして大丈夫なのか?
そうなると、老紳士がズボンの股間に手を持って行くと「もしやイチモツを引っぱり出すのでは?」、フラッと入り口の方を向くと「会計せずに帰ろうとするのでは?」と気になって、山の壽のぬる燗を味わうどころではなくなってしまった。
しかし、テレビのナイター中継が始まる頃、そんな心配を他所に、老紳士は焼酎半分を飲み干し、ポケットから小ぶりな財布を取り出すと、店主に「いくら?」と訊いて、何事もなかったように帰っていかれました。そんなわけで、思い過ごしも甚だしい、角打ちでの1シーンでしたとさ。
それにしても、あの文字はなあ……