カメラのファインダーを覗く愉しさを思い出した

奥さまと西鉄に乗って天神へ。うどんのウエストで昼飯を済ませたら(隣りの「てんや」が撤退してて「串揚げ田中」になっていたのがショック)、バスに乗って福岡市美術館へ。「永遠のソール・ライター ニューヨークが生んだ伝説の写真家」と観る。以前、渋谷のBunkamuraで開催された回想展で、これを福岡でも観られるのは有り難い。

展示はモノクロ写真、カラー写真、カラー写真のスライド映写、絵画の順で、その作品性の高さに痺れ、この作品の多くが埋もれていたことに驚く。そして、街角の写真というのは偶然の出会いのように捉えられることが多いけど、それだけでは決してなく、街の隅々を歩き、観察し、記憶し、考えることの構築から生まれていることが分かった。

実態として被写体ととカメラのレンズの間には、巧妙にガラスや鏡、階段、傘、雨、雪などが仕込まれ、多層な映像が作り込まれている。その仕組みを解明したくて、写真に見入っていると、これはソール・ライターが投げかけた謎解きのようで、愉しくなってくる。

すると、ファインダーの覗いて風景や人物を切り取っていくという、写真と撮るという行為の愉しさが蘇ってくる。最近はスマホばかりで撮っているけど、8年くらいまではOLYMPUSの小型デジタルカメラE-PL3をカバンに入れていて、取材で愛用していたし、目についた路上の風景を撮っていた。

アートを堪能する展示であり、再びカメラを構えたくなってしまう展示でした。特にセルフポートレートに写った、ソール・ライターがカメラを構えた、ちょっと癖のある姿を見ていると、刺激を受けてしまうのです。

絵画の展示は撮影可能でセルフポートレートごっこをできる仕掛けになっていた