命日と空虚な一軒家

今日は父親の命日。大牟田の実家に行って、お寺さんへお酒やお茶を供えに行く。

ジョン・レノンの命日と同じなんで、今朝、時計代わりに聴いているLove FMで、ジョンの曲が流れると、奥さまが命日だね、なんて、つぶやいた。これからも、ラジオやロックバーでジョンの曲を聴くと、父親のことを思い出すんだろうけど、なんだか悔しい。

んで、お寺さんに行った流れで、6月に孤独死してたことが分かった従兄弟の家を見に行ったのだけど、電気やガスが通ってないだけで、佇まいはなんも変わってなくて愕然とした。伯父方の親戚が放置してるってことなのだろう。

アチラの意向を想像するしかないのだけど、息子が無縁仏になってしまい、同じ墓に迎えることができなかった、伯父と伯母のことを無念でならない。そのうえ、念願の建て直しをした棲家まで放ったらかしとは……

窓にはカーテンレールに従兄弟の服がかけられたまま。なんとかしたいけど、僕が入ったら不法侵入になるし、そもそも鍵を持っていない。きっと、仏壇には誰にも祀られることがなくなった、叔父と叔母の位牌がある。
無力とはこういうことなのだろう、

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