他所の国の若者に働いてもらえなくなる時代

西鉄久留米駅のバスセンターにある立ち飲み屋は、僕が久留米に引っ越してきた頃、アルバイトは中国人の女性だった。それが店の名前が変わり、内装も変わると、ベトナム人の若者たちに顔ぶれが変わった。

その頃、指導というか、お店を仕切っていたのは日本人の中年女性で、2か月前に彼女が店を辞めて、新しい店長を募集しているうちに、ベトナム人の女性たちが減りはじめた。

そして半月ほど前、新しく日本人の60歳代と思われる男女の店員さんが入ると、入れ替わったかのように、ベトナム人の若者は半分以下になり、お店の雰囲気が、良く言えば落ち着いていて、悪く言えば活気を感じなくなっていた。

そんなこともあり、僕は飲みに行く回数は減っていて、たまに行ってぬる燗を啜りながら思うことは、地方の雇い主が払える時給では、アジアの若者を惹きつけることができないのかもしれない、ということ。

5年前、近所のローソンで素晴らしい接客をしていたのは中国人のワンさんで、その後、パキスタン人の女性、ベトナム人の男女、ミャンマーの男女と替わってきているけど、次はきっと立ち飲み屋と同様、日本人の60歳代以上なのだろう。

少子高齢化はのっぴきならない状態から、絶望的な状態に移行しつつある。それに加えて、地方は最低賃金は低いまま。日本人だって低収入で苦しんでいるのに、そこに他所の国から誰が喜んで働きに来てくれるだろう。

来年のオリンピック以降、生きづらさへの地すべりが始まるのかもしれない。

本日の作業は昨日同様、原稿を3本分仕上げて納品。