ライアン・ゴズリングに大気圏外に引っ張り出される映画『ファースト・マン』を観た

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天気予報は曇りって言っていたけど、スーパーの朝市に今週分の食材などを買い出しに行く頃には晴れていて、日陰を避けて歩いていると、上着がいらないんじゃないかって思うほど、寒くないっていうか暖かい。

昼飯を食べて、ちょいとデータの整理なんかをやっつけたら、奥さまと自転車でTジョイ久留米へ。『ラ・ラ・ランド』のデミアン・チャゼル監督と奥様のお気に入りのライアン・ゴズリングさんコンビの新作『ファースト・マン』を観る。

人類で初めて月面着陸に成功した宇宙飛行士、ニール・アームストロング船長のお話なんだけど、まー、この人が感情を表に出さない人で、映画というエンタメに乗りづらいキャラクター。彼の奥さんや息子たちも、たまったもんじゃなかったろう。

それでも、スクリーンに惹きつけられるのは、チャゼル監督の技なんでしょうね。ライアン・ゴズリングさんと一緒に狭い操縦席に閉じ込められ、ガタガタガタガタッて、宇宙船ってこんなに激しく揺れるのかって驚いたり、宇宙という静寂の恐怖を味わったり、いやー、ドキドキしましたねぇ。

あーそれなのに、それなのに。そんなときでも、アームストロング船長は冷静で感情を表に出さず(そうじゃなきゃ、宇宙飛行士にはなれないらしいんですが)、もちろん感動的なセリフを言ったりしないですよ。そうなんです、この作品って、いわゆる映画的なカタルシスに欠けてるんです。だから、2時間以上つきあわされて「なんなんだよー!?」ってガッカリする人がいても不思議ではない。

でもね、ライアン・ゴズリングさんという名優が世に出たことによって、ようやくこの映画が成立したんだなー。っていうか、この、人を愉しませるには、とっても難しいキャラクターを、よくぞ演じきってくれたって感動しましたよ、僕は。

 

あと、宇宙開発をテーマにした議論で、カート・ヴォネガットが否定的な発言をしている映像が挿入されているのだけど、これって、CBSテレビの特集番組で賛成派のアーサー・C・クラークを相手に話しているんですよね。このときヴォネガットは47歳くらい。SF作家としてバリバリと活躍していた頃のヴォネガットが動いているのを始めて見たので、それにも感動しました。


「21世紀SFの瞬間―クラークとヴォネガットのはざまで―」(巽孝之)

1969年、アポロ11号が人類初の月面着陸を遂げるさい、クラークとヴォネガットCBSテレビの特集番組で共演しているのだ。いよいよ月面初着陸というときクラークは仲間のSF作家ロバート・A・ハインラインに電話して「始まるぞ、始まるぞ、始まるぞ!」と興奮して叫んだという。しかし、ヴォネガットは宇宙開発計画そのものに断固拒否感を示す。核弾頭をもたらしたテクノロジーと月面着陸を成功させようとするテクノロジーとは同じものだというのが、その理由だ。クラークが原発推進派だとすれば、ヴォネガットは自称するとおりの反機械主義者にほかならない。1984年に来日した時のインタビューで、彼はこう語っている。

「私はそこにいる多くの人の中でたった一人だけ、着陸に感激していない人間だったのです。よくやるんですよ、みんなを敵にまわしてケンカを。気ちがいじみていますね(笑)。でも、一人くらいは手ばなしで喜んでいられないということを示そうと思ったんですよ。人々にもっと食糧や家を与えなくてはならないのだから、500年後に月に行ったって遅すぎはしないじゃないか?とね。でも、アーサー・クラークが私を黙らせました。今のようにテープを前にして議論をしていたんですが、彼はいきなり、『この宇宙計画の費用は、アメリカの全女性が1年間に口紅につぎこむ金より安いということを知っているか?』と言ったのです(笑)。私はいまだに、なんと答えていいのかわからない(笑)」(「カート・ヴォネガットは語る」、通訳・浜口珠子、『SFマガジン1984年8月号、168頁)